2022年1月17日
この記事の作成者:
獣医学部動物応用科学科
水野谷 航
南先生から知恵の輪のバトンを引き継ぎました水野谷です。南先生の記事にも書いていますが、日本ではシカによる農林業被害や生態系への影響が深刻化しており、その解決策の一つとして、野生鳥獣を食肉として利用しようという動きが高まっています(ちなみに狩猟で得た野生鳥獣肉はジビエとも呼ばれます)。筆者は野生鳥獣肉が普段口にしている家畜(主にウシ、ブタ、ニワトリ)の肉と比べて、どう違うのか、どういった特徴があるのかを研究しています。
我々人類は動物性タンパク質源として、古くは狩猟を行い食肉を獲得していましたが、安定的な食肉供給を実現するために、野生動物を家畜化してきました。また家畜化に加え、近代のと畜システムは家畜を衛生的に食肉へと加工できる体制・技術・道具を備えています。その結果、我々は動物という本来、供給量や品質差があるはずの食料を、非常に安定した量と質で流通させることができています。
実は野生鳥獣の食肉利用は、野生動物の生命や食資源を有効利用する点では意義が深いのですが、一方で家畜化によって得られた多くの利点を失っていることにも意識をしないといけません。図に家畜と野生鳥獣肉の間の、処理や管理の違いをまとめました。図の右に書いてある項目は必ず起こっているというわけではなく、潜在的に起こりうる問題点として挙げています。
さて、家畜の方が商業・工業的観点で優れた点が多いようですが、食品として考えたときに真っ先に思い浮かべるのは家畜の肉と味がどう違うかという点かと思います。料理の解説書等には野生鳥獣肉は、赤色が強く身が引き締まっていると書かれていることが多いのですが、これは野生環境で生きている動物は、家畜より運動量が多いことと関係があると考えられています。また肉の味を強く感じるという記述も多く見られます。
筆者は麻布大学に来る前は九州大学農学部で教員をしていました。九州大学のメインキャンパスは福岡県福岡市にあります。福岡県はイノシシによる農作物被害が大きい地域です。
当時有害鳥獣駆除で捕獲されるイノシシの有効利用を目指し、農業土木が専門の丸居先生(現弘前大学准教授)と共同で、イノシシ肉を使ったソーセージを作成し一般消費者を対象に官能検査を実施しました。その結果、イノシシ肉ソーセージは豚肉ソーセージと比べ「総合的な好み」の項目で有意に高い評価を得ました。
この理由として、イノシシ肉ソーセージはブタ肉ソーセージに比べ保水性(加熱や加圧といった物理的な処理に対し食品が水分をどれだけ保持できるかを表す性質)が約2倍高かったことから、イノシシ肉ソーセージは加熱調理後も多くの水分=肉汁を有していたと考えられます(ちなみにソーセージは焼いて提供しました)。「肉の味を強く感じる」という印象も個人的にはありましたが、当時のプロジェクトでは明らかにすることはできませんでした。
肉の味(恐らく脂身ではなく赤身由来)を強くしている原因は何なのでしょうか?
「肉の味の強さ」というのは科学的な説明が難しい言葉ですが、肉に含まれる何らかの味物質や香り物質が多く含まれているということが推測されます。食肉の重要な味物質としては遊離アミノ酸とイノシン酸が知られています。しかし遊離アミノ酸もイノシン酸も、お肉以外の食品に含まれている物質ですので、筆者はそれ以外にも多くの物質が肉の味(および香り)を決定するのに貢献していると考えています。
先ほど紹介したアミノ酸やイノシン酸の仲間を合わせても、せいぜい30種類程度ですが、お肉を含めた生物を材料とする食品には実際は非常に多くの物質が含まれていることが分かっています。
最近、ビールに含まれる物質を徹底的に調べた論文が発表され、それによると約8000種類近い物質がビールには含まれていることが分かりました。肉も同じ程度の種類を含んでいるかはまだ分かりませんが、多くの物質が食品の風味に何らかの影響を及ぼしていても不思議ではありません。