2021年11月15日

小鳥の家禽種と野生種の違いにオキシトシンが関与?

動物応用科学科の戸張です。哺乳類の母子間やヒトとイヌの絆形成に関わるオキシトシンについて研究されている菊水先生から知恵の輪バトンを引き継ぎました。オキシトシンつながりで、本日は鳥類のオキシトシンについて紹介したいと思います。

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鳥にもオキシトシンはあるの?

オキシトシンは哺乳類で発見されました。別名母性ホルモンともいわれ、子宮収縮や乳汁分泌などに関与します。最近では、母性行動や動物の群れ行動、ストレス抑制など、より多くの機能に関与していることが明らかになってきています。オキシトシンは、9個のアミノ酸 (Cys-Tyr-Ile-Gln-Asn-Cys-Pro-Leu-Gly)から構成されるホルモンで、主に脳の中の視床下部という部位で産生されます。その後、下垂体後葉の毛細血管から血中に放出され、様々な臓器においてホルモンとして作用します。視床下部のオキシトシンは、他の多くの脳領域にも放出され,神経伝達物質/神経調節物質として作用します。

哺乳類特異的な母乳を介した養育行動にオキシトシンが関わりますが、実はすべての脊椎動物はオキシトシンに似た構造のペプチドホルモンをもっています。鳥類、爬虫類、両生類のオキシトシン様ペプチドホルモンは、メソトシン (Cys-Tyr-Ile-Gln-Asn-Cys-Pro-Ile-Gly)と呼ばれ、8番目のアミノ酸がロイシンLeuからイソロイシンIleへと置換された構造です。ちなみに魚類のオキシトシン様ペプチドはイソトシン(Cys-Tyr-Ile-Ser-Asn-Cys-Pro-Ile-Gly)といいます。

哺乳類のオキシトシンと同様に、2000年代から、鳥類でもメソトシンが社会的行動や性行動に関与することが明らかとなってきました。群れをつくって棲息するキンカチョウにメソトシンを投与すると、群れる行動が促進されました。メソトシンが作用しないようにその受容体を遮断するとキンカチョウのつがい形成が阻害され,群集性が低下すること、特にメスでその傾向が強いことが示されています。また,メソトシンは母親の養育行動にも関与しているそうです。なので、鳥類のメソトシン研究に関する論文を読むと、「メソトシン(鳥類のオキシトシン)」という記述をよく見かけていました。その後、オキシトシン類似ペプチドの生物種による名称の違いから生じる混乱を防ぐため、遺伝子の進化的関係に基づいて名前をオキシトシンに統一しようという提案論文が2021年8月に影響力のある科学雑誌「Nature」に掲載されました。これに従い、これから鳥類のメソトシンをオキシトシンと呼びたいと思います。

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オキシトシンは家畜化にも関係しているの?

オキシトシン遺伝子は家畜化に関与する遺伝子としても示唆されています。そのことは、マウスやラットでは野生種とその家畜種間で脳内オキシトシンの発現パターンが異なること、家畜化されたラクダ科の集団ではオキシトシンゲノムに一塩基多型があること、イヌとオオカミ間では尿中のオキシトシン含量やオキシトシン受容体の脳内遺伝子発現パターンに違いがあることなどの知見に基づいています。しかし、動物の家畜化とオキシトシンの関係性はまだ未解明のことが多くあります。

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鳥ではどうなの?

私たちの研究室では、鳥の家畜化(鳥類では、家禽化といいます)にもオキシトシンが関与するのか、まずは初めの一歩として、ペットバードとしておなじみのジュウシマツとその野生原種間でオキシトシン遺伝子を比較することにしました。

実はジュウシマツ、1762年頃に中国から輸入されたコシジロキンパラを日本で家禽化した鳥です。子育て上手な形質が仮親として重宝されたのと19世紀半ば頃に色素が抜けた白化個体が現れたのがジュウシマツのはじまりだそうです。交配によって様々な羽装を作出できるため飼鳥愛好家が多く、現在のジュウシマツの羽の色は非常に多様です。

野生種のコシジロキンパラと比べて家禽種のジュウシマツは、攻撃性が低く、新規なものや場所への恐怖が少ないです。ストレス耐性があるためか、ストレスホルモンであるコルチコステロン血中濃度も低いです。また特筆すべきは、学習によって獲得する求愛歌が家禽種のジュウシマツの方がずっと複雑という点です。このような行動形質の違いもオキシトシン遺伝子の違いに関連がありそうでした。

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ジュウシマツではどのような違いがみられたのですか?

オキシトシンに関する遺伝子の配列、脳内での遺伝子発現量、ペプチドホルモンの含量等を調べた結果、脳の領域ごとにオキシトシン遺伝子の発現量が異なっていることがわかりました。オキシトシンの発現量は、大脳ではジュウシマツの方が発高く、間脳ではコシジロキンパラの方が高いという結果が出ました。鳥類では、大脳のオキシトシンは攻撃性や群集性に関連していて、間脳のオキシトシンはストレス耐性に関与しているのではないかと考えられています。

最近、オキシトシンの受容体拮抗薬を投与すると 歌学習中のキンカチョウの、歌の先生への接近や注意に関連する行動を有意に減少させることが報告もされています。ジュウシマツの脳領域ごとのオキシトシン発現の違いが、ジュウシマツに認められる歌の学習能力や歌の複雑性を説明する分子基盤なのかもしれません。

戸張先生の研究プロジェクト